そのアパートの一室は、静かなSOSを発していました。生後間もない赤ちゃんと、20代の母親・美咲さん(仮名)が暮らすその部屋は、育児の負担と孤立から、いつしかゴミ屋敷と化していたのです。カーテンは閉め切られ、玄関先にはゴミ袋がいくつか放置されたまま。その異変に最初に気づいたのは、地域の民生委員の田中さんでした。定期的な見回りの際、赤ちゃんの泣き声がするのに、美咲さんの姿を全く見かけないことを不審に思ったのです。田中さんは、すぐに市の保健センターに連絡を取りました。連絡を受けた保健師は、すぐに田中さんと共に美咲さんの部屋を訪問しました。ドアを開けた美咲さんは憔悴しきった様子で、部屋の惨状は想像以上でした。保健師は美咲さんを責めることなく、まず「一人でよく頑張りましたね。赤ちゃん、可愛いですね」と声をかけ、彼女の話にじっくりと耳を傾けました。夫とは離婚し、頼れる親族も近くにいない。誰にも相談できず、一人で育児の重圧に押しつぶされそうになっていたのです。ここから、地域による連携支援が始まりました。保健師は、美咲さんが休息を取れるよう、一時的に赤ちゃんを預かってくれるショートステイサービスを手配。その間に、社会福祉協議会と連携し、ボランティアの手を借りて部屋の片付けを行いました。ゴミが運び出され、掃除された部屋に、久しぶりに光が差し込みました。その後も、週に数回のヘルパー派遣で家事をサポートし、美咲さんには子育て支援センターに通ってもらうことで、他の母親と交流する機会を作りました。地域のサポートの輪の中で、美咲さんの表情は少しずつ明るさを取り戻し、赤ちゃんに笑顔で語りかけるようになりました。この事例は、一つの家庭の危機が、地域の様々な機関や人々の連携という「社会的包摂」によって救われたことを示しています。必要なのは非難ではなく、温かい眼差しと、繋がりの力なのです。
ゴミの海から赤ちゃんを救った地域との連携